A r t i s t P r o f i l e
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アミーチ・クヮルテット
D'amici String Quartet
アミーチ・クヮルテットは活動開始前から、大きな期待を呼び、評判となった。フェデリコ・アゴスティーニと川崎洋介(ヴァイオリン)、ジェームズ・クライツ(ヴィオラ)、原田禎夫(チェロ)からなるアミーチ・クヮルテットは、卓越した室内楽奏者のなかのオールスター・コラボレーションと言っていいものである。この生まれたてのアンサンブルはデビュー前に、すでにロンドン、ニューヨーク、東京、シドニーでの演奏会の申し出を受けている。
4人のメンバーはそれまで弦楽四重奏を一緒に演奏する機会を持たなかったが、別の編成でしばしばステージを共有してきた。アミーチ・クヮルテットの団員は、「若いカルテット」のスポイルされていない情熱と喜びをもって、世界中の最も評判の高いステージで5000回以上の意義深い演奏会をこなしてきている。4人は弦楽四重奏曲の最も偉大な作品群を演奏することに自らを捧げているが、自発性や新鮮さ、音楽づくりの喜びを保持するため、きついコンサート・スケジュールのルーチンワークを避け、演奏回数を限定することを固く決めている。したがって、どの演奏も最高度の文化的出来事――生き生きとした、熱狂的な、価値ある出来事――となるであろう。
クヮルテットは、各団員が友人であり続けるかぎりにおいてのみ活動し――アミーチ(イタリア語で友人の意)の由来はここにある――、これら目標に忠実であり続けることを公式に表明している。団員自身の個別の芸術的な満足を優先順位の頂点に置くことによって、カルテット団員たちは、興奮や熱情、それに団員各自の今日までの努力の最高の成果が表出される演奏を育んでいきたいと願っている。
2004年1月に行われたアミーチ・クヮルテットのドイツでのデビュー公演は、こうしたアプローチの成功を確証するものとなった。立ち合った者は、これほど聴衆を喜ばせ、喝采とブラボーにあふれたデビュー演奏会を思い出せなかったのだ。批評家と聴衆は等しく、この出来事を現役の偉大なカルテットのひとつの誕生として歓呼して迎えたのであった。以降、欧米を中心に演奏活動を展開、2005年、2006年の日本ツアーは大成功を収めている。
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フェデリコ・アゴスティーニ(第1ヴァイオリン)
Federico Agostini, 1st violin
1959年イタリアのトリエステ生まれ。音楽家の家庭に育ち、6歳からヴァイオリンのレッスンを始め、トリエステとベネチアの音楽院、さらにシエナのキジアナ音楽院で学び、サルバトーレ・アッカルドや叔父にあたるフランコ・グッリらに師事した。16歳でモーツァルトの協奏曲を弾いてデビュー、数多くのコンクールに優勝・入賞し国際的に輝かしい活動を開始する。I Virtuosi di Romaに在籍後、1986年からはイ・ムジチ合奏団のコンサートマスターを務め、そのかたわらソリストとして世界有数のホールに登場、また1987年からローマ・フォーレ五重奏団のメンバーとしても活躍した。ドイツ・トロッシンゲン音楽大学で教鞭をとった後、現在はアメリカ・インディアナ大学ブルーミントン校の教授を務める。指導者としても定評があり、日本、スウェーデン、イタリアなどでマスタークラスを開催している他、ヨーロッパのみならず世界各地の音楽祭に招聘されている。フィリップスやクラーヴェス・レ−ベルから多数のCDがリリースされている。
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フェデリコ・アゴスティーニ (第1ヴァイオリン)
Federico Agostini, 1st violin
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川崎洋介(第2ヴァイオリン)
Yosuke Kawasaki, 2nd violin
1977年ニューヨーク生まれ。父・川崎雅夫のもと6歳からヴァイオリンをはじめ、10歳でジュリアード音楽院に入学、ドロシー・ディレイやフェリックス・ガリミアらに師事した。1999年から2001年までモンゴメリー交響楽団のコンサートマスターを務め、現在はニューヨークを本拠に、ソリスト、室内楽奏者としてゲイリー・グラフマン、カール・ライスター、竹澤恭子、ワルター・ファン・ハウヴェらと共演を重ねる一方、日本では水戸室内管弦楽団やサイトウ・キネン・オーケストラの最も若いメンバーの一人として活躍している。初のレコーディングとなるサイトウ・キネン・オーケストラとのCD『ブランデンブルク協奏曲・全曲』が2002年に、2作目となる『バッハ: 二重協奏曲』(ワルター・ファン・ハウヴェ指揮サイトウ・キネン・チェンバープレイヤーズ)が2005年にキング・レーベルよりリリースされた。
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川崎洋介(第2ヴァイオリン)
Yosuke Kawasaki, 2nd violin
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ジェームズ・クライツ (ヴィオラ)
Sadao Harada, cello
1957年アメリカのマディソン生まれ。家庭は数世代にわたる音楽家の家系に属し、3歳から音楽を学び、5歳で公開演奏を行った。幼時からプロアルテ、グヮネリ、アマデウス、ヴェーグの各四重奏団やボーザール・トリオのもとで室内楽を経験、17歳でミルウォーキー交響楽団とヒンデミットのヴィオラ協奏曲を演奏してデビューを果たした。イェール大学を最高位を得て卒業、その後さらに4年間、ブルーノ・ジュランナに師事している。ヨーヨー・マ、ロストロポーヴィチ、マリア・ジョアオ・ピリスらと共演を重ねる一方、サー・ゲオルグ・ショルティ、小澤征爾、ロリン・マゼールらの著名な指揮者のもとで演奏、サントリー・ホール、シドニー・オペラ・ハウス、カーネギー・ホール、ミラノ・スカラ座等に登場している。1983年から1993年にわたりアカデミカ・カルテットのメンバーとして20以上の録音を残しており、近年は20世紀のヴィオラ作品集やブラームスとシューマンのCDが大きな反響を呼んだ。2000年、教育・文化部門でユネスコ賞を受賞。現在はドイツ・トロッシンゲン音楽大学教授を務める。
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ジェームズ・クライツ(ヴィオラ)
James Creitz, viola
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原田禎夫 (チェロ)
Sadao Harada, cello
1944年東京生まれ。NHK交響楽団のチェリストだった父より手ほどきを受け、11歳から齋藤秀雄に師事し桐朋学園高校に入学、卒業後の1964年に日本音楽コンクール・チェロ部門で優勝、東京交響楽団の最年少の首席チェリストに抜擢された。その後アメリカにわたり、アスペン室内管弦楽団やナッシュヴィル交響楽団の首席奏者を務めたが、室内楽の道を志しジュリアード音楽院に入学、ロバート・マンらに師事した。在学中の1969年、原田幸一郎らと東京クヮルテットを結成、まもなくミュンヘン国際コンクールで優勝するなど、その斬新な演奏ぶりは一躍世界の注目を集めた。30年にわたり世界的なカルテットをリードしてきたが1999年に退団、その後はソリストとして準メルクル指揮NHK交響楽団、小澤征爾指揮新日本フィルハーモニー等と、また室内楽奏者としてロバート・マン、アイザック・スターン、ピンカス・ズッカーマン、ジュリアードやアルバンベルク四重奏団、ジェシー・ノーマンらと共演するなど、旺盛な活動は衰えることを知らない。後進の指導にも積極的にあたり、世界各地でマスタークラスを行っている。ドイツ・トロッシンゲン音楽大学教授。
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原田禎夫(チェロ)
Sadao Harada, cello
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